鮫ケ尾城跡にて

2009.04.17 - 09:53

 鮫ケ尾城跡へは去年の秋に登りました。
とても良い天気で景色もきれいだったのですが、すごく
せつない気持ちになったのを覚えています。

 その時はまだ天地人の原作も読んでなく、景虎が自害
した場所としか知りませんでした。
それまでのいきさつなどは詳しく分かっていなかった
のですが、不思議な感覚にとらわれました。
 私は霊感はないのですが、何か強烈な「念」のような
ものを感じ、早く山を降りたい気持ちにかられたのです。
 思い込みなのかもしれません。
 天地人のドラマでは美しく描かれていましたが、実際は
もっと悲惨で壮絶だったのでしょう。
 私が登ったときにも、焼けこげた米がまだいくつも
落ちていました。
 城に火が放たれ、ふりそそぐ矢弾の中、悲しい決意を
した景虎・・・。
今でもその想念が残っているのかもしれません。

 勝福寺では、景虎の命日になると、白い辛夷(こぶし)
の花を位牌にそなえる風習があるそうです。

 景虎が謙信の養子になることが決まり、「上州沼田で謙信
の出迎えを受けた日、満開の辛夷の花の下で、謙信と固めの
酒を酌み交わした。生まれてはじめて、人の情けを感じた
瞬間であった。」
(上杉かぶき衆 火坂雅志著より)


勝福寺の供養塔

2009.04.15 - 09:38


供養塔の前にろうそくとお線香が置かれてあったので、
お線香を立て、手を合わせてきました。


勝福寺の景虎像

2009.04.14 - 08:47


 誇り高く凛々しい顔立ちの景虎像。


「生き過ぎたりや」

2009.04.13 - 12:42


 景虎像や供養塔のある妙高市の勝福寺。

 「天地人」の外伝「上杉かぶき衆」火坂雅志著(実業之日本
社刊)に上杉景虎の生きざまが描かれています。
 
 放送中の「天地人」や原作には出てこなかったのですが、
謙信が亡くなった時景虎は、

「いまさら小田原へはもどれない。さりとて、謙信のいない
越後であの昏い真冬の海を見つめながら暮らすことを考える
と、奈落へ落ちていくような暗澹たる思いに胸が閉ざされた。」

と、殉死しようとしたのです。が、景虎の兄、北条氏政の使い
の風魔小太郎に止められました。
(風魔小太郎とは、北条家の忍びの首領です)

 景虎が御館で仙桃院に言い残した
「生き過ぎたりや」
は、やっぱりあの時死んでいればよかった・・・という意味
なんだと思います。

 景虎が気の毒でなりません。
 時代に運命を翻弄されてしまった悲劇の武将・・・。
 殺害されてしまった道満丸、華姫の覚悟、景虎の失意や無念
・・・すべてが切なくて、放送が終わったあともしばらく涙が
止まりませんでした。


夜桜

2009.04.12 - 09:16


幻想的な高田の夜桜。
日本三大夜桜のひとつです。
ちなみに他のふたつは、上野と弘前だそうです。
近くにいたガイドさんが話していたのが聞こえました。
それまで知りませんでした・・・。


観桜会

2009.04.10 - 12:16


 上越は一気に春がきたという感じです。
観桜会もはじまり、多くの人が集まっています。
街が賑やかなのはやっぱりいいものです。